第一次世界大戦の根幹である、ヨーロッパでの大戦、すなわち欧州大戦についての参考図書・資料についてです。全体を総合的に記述しているもの、特定の局面や地域について記述しているもの、戦史を記述しているもの、戦争の結果や影響について記述しているものなど、すべて含んでいます。
ただし、青島攻略戦など、日本が戦った第一次世界大戦、という観点からのものは、ここには含めていません。「6g 第一次大戦期の日本」以降のページをご覧ください。
● このページの内容
第一次世界大戦の総合的記述 (欧米の著者によるもの)
● ジャン=ジャック・ベッケール、ゲルト・クルマイヒ 『仏独共同通史 第一次世界大戦』
● フォルカー・ベルクハーン 『第一次世界大戦 1914-1918』
第一次世界大戦の総合的記述 (日本の著者によるもの)
第一次世界大戦の総合的記述 (欧米の著者によるもの)
まずは、第一次世界大戦について、軍事のみならず政治や社会まで含めた全体像を総合的に記述しているもののうち、欧米の著者によるものを挙げます。
やはり、第一次世界大戦は、主要交戦国はヨーロッパの各国であり、主戦場もヨーロッパで、実質はほとんど「欧州大戦」であったため、欧米の著者による著作のほうが、日本の著者によるものよりも内容が優れている、という感が強くあります。
JM ウィンター (猪口邦子 監修、上巻 小林章夫・下巻 深田甫 監訳)
『第1次世界大戦』 上・下 平凡社 1990
<原著 J. M. Winter, The Experience of World War I, 1988>
訳書は、平凡社の 『20世紀の歴史』 シリーズ (全17巻+別巻2巻)の中の第13・14巻として出版されています。訳書の構成は、下記となっています。
上巻: 政治家と将軍の戦争
はじめに・序章
第1部 政治家たちの戦争
第2部 将軍たちの戦争
第3部 戦争が投げかけた影
下巻: 兵士と市民の戦争
序章、第1部 兵士たちの戦争
第2部 市民たちの戦争
第3部 戦争の記憶
付論 第1次世界大戦と日本 (猪口邦子)
ところが、実は原著は2巻本ではなく1巻本です。訳書は、原著から2巻本に変える際に、
① 原著の「序章」も分割した
② 「戦争が投げかけた影」の部を、本来の位置(「市民たちの戦争」の次)から前倒した
という変更を行っているようです。
それなのに、原著に対しこうした編集を行った、という注記が訳書のどこにも見当たらない点は、出版社の見識を疑わせるのものであり、まことに残念です。
また、原著の書名を直訳すれば、『第一次世界大戦の経験』 となりますが、日本ではシリーズの一部としての体裁から、『経験』 という単語が省かれてしまったかと推定します。
著者 Jay Murray Winter は、米国人の第一次世界大戦研究者で、エール大学教授にもなっています。
上述の構成が示している通り、本書の記述は、第一次世界大戦の政治・外交面や軍事面のみにとどまっていません。兵士の徴兵や出身階層、兵の不服従、新聞報道の状況、銃後の市民生活への影響、戦後の政治経済などの観点も含めて、まさしく総合的に記述しています。また、写真の掲載も豊富であるほか、関連する統計資料など、定量的なデータも多数掲げられています。1980年代に至るまでの第一次世界大戦研究史の成果が良く反映されているだけでなく、記述のバランスも良い、と言えるように思います。
本書の全6部の内容のうち、「政治家たちの戦争」・「将軍たちの戦争」・「兵士たちの戦争」・「市民たちの戦争」の4部については、その中が、1914年・1915年・1916-17年・1917-18年の4つの時期区分で記述されています。本書のように、政治・軍事・市民生活などの事項区分を優先した上で、各事項の中を時期区分して記述するのが良いか、逆に時期区分を優先した上で、その中を事項区分して記述するのが良いか、どちらが良いかは判断がなかなか難しいところかもしれません。
第一次世界大戦について1冊だけ読みたい、適切な基本知識を得るのに最も優れていると思う本を1冊だけ挙げよ、と言われたら、筆者は迷わず本書を挙げます。第一次世界大戦の全体像を理解するのに、きわめて価値が高い本、と思います。
ただし、総合的な記述を目的としているだけに、例えば戦史についていえば、当然のことながら、やはり戦史のみに限定して記述している本には負けます。本書を出発点として、より専門的で詳細な本や論文に進むのが、正攻法と思います。
これだけ優れた本ながら、『20世紀の歴史』 シリーズ中の書として出版されてしまっているため、図書館や書店では第一次世界大戦の棚に必ずしも並んでいない、第一次世界大戦の本としてはあまり目立っていない、という点は、非常に残念な気がしています。
本書からは、このウェブサイト中、「1 第一次世界大戦の開戦」、「2 第一次世界大戦の経過」、「3 第一次世界大戦の総括」の中のきわめて多くのページで、要約引用を行っています。
AJP テイラー (倉田稔 訳) 『目で見る戦史 第一次世界大戦』 新評論 1980
<原著 A. J. P. Taylor, The First World War - An Illustrated History, 初刊 1963>
訳書には、 「目で見る戦史」という副題がついていますが、政治・外交面への言及も多く、「戦史」であるよりも「総合的記述」の1書であると思います。実際、原題は「History」の語が使われているだけで、「戦史」とされていません。
また、「目で見る (illustrated)」という副題は、掲載されている写真等の多さを示そうとしたものと思います。実際には、その後の出版物、例えば上掲JMウィンターの著書の方が、写真等は豊富です。
著者 Alan John Percivale Taylor は、イギリスの著名な現代史家です。
本書の内容は、1914年、1915年、1916年、1917年、1918年という暦年で構成されており、サラエヴォ事件から講和に至るまで、時系列にしたがって、第一次世界大戦の事態の推移が記述されています。
JMウィンターの上掲書と比べると、政治・外交・軍事以外の事項についての記述は非常に少ないものの、逆に、政治・外交・軍事の領域の事項はより詳しい、という特徴があります。また、完全に時系列での記述ですので、事態の推移が理解しやすい、というメリットもあります。
こうしたメリットから、本書も読む価値が十分にある、と言えるように思います。
本書からも、このウェブサイト中、「1 第一次世界大戦の開戦」、「2 第一次世界大戦の経過」、「3 第一次世界大戦の総括」の中のきわめて多くのページで、要約引用を行っています。
ジャン=ジャック・ベッケール、ゲルト・クルマイヒ (剣持久木、西山暁義 訳)
『仏独共同通史 第一次世界大戦』 上・下 岩波書店 2012
<原著 Jean-Jaques Becker and Gerd Krumeich,
La Grande Guerre: Une histoire franco-allemande, 2008>
訳書の書名に、『共同通史』という言葉があるのは、かなりミスリーディングと思われます。というのは、本書は、第一次世界大戦について既に一定以上の知識を持っている人を対象に、従来は通説あるいは常識の一部となってきた諸点を取り上げて、独仏共同で考察を行っているものであるからです。通史的な記述はされていません。
本書の構成は、下記のようになっています。
第1部 なぜ仏独戦争なのか?
世紀転換期におけるフランスとドイツの世論/1911年以降の仏独関係の悪化/1914年7月の危機
第2部 国民間の戦争?
フランスの「神聖なる団結」とドイツの「城内平和」/戦争の試練に立つ政治体制/「神聖なる団結」と「城内平和」の変容/メンタリティーと「戦争文化」/士気とその動揺
第3部 前代未聞の暴力を伴う戦争?
人間の動員/産業の動員/戦争の暴力/民間人に対する暴力
第4部 なぜかくも長期戦になったのか?
神話となった短期戦/勢力均衡/講和の試み
第5部 やぶれた均衡
ドイツ優位への均衡解消/勝利と講和/戦後
例えば本書の第1部では、普仏戦争以降、仏独の新たな衝突はいずれ起こらざるを得ないであろうという想定や、フランスはドイツに対する復讐を果たしてアルザス・ロレーヌを必ず奪還するという観念が、本当にそうであったのか、という疑問が提示され、その疑問への考察がなされています。
第一次世界大戦についての知識が乏しいのが一般的な日本人は、そもそもこの通説や常識そのものを知らないので、先にその詳しい説明がほしいところと思いますが、本書には通説や常識の詳細説明は書かれていません。
ゆえに本書は、一般読者向けの「通史」ではなく、第一次世界大戦についてすでにある程度以上の知識がある読者向けの「論点考察」である、と理解するのが妥当と思われます。訳書は、例えば、『第一次世界大戦に関する主要論点への仏独共同の考察』 というような書名であったなら、はるかにしっくり来ていたように思われます。
こうした性格の書ですので、本書は、上掲のJMウィンターやAJPテイラーなどの基本書を読んだ後であれば、非常に面白いのですが、順番が逆ですと、さっぱりわからない、ということになります。
なお、訳者は本書巻末の「訳者解説」で、本書が仏独に焦点をあてた結果、ヨーロッパの他の地域、とりわけ東部戦線への目配りが弱くなっていることを指摘しています。実際、本書ではイギリスでさえ、ほとんど考察の対象外である、という制約があります。
とはいえ本書は、上述の通り、すでに一定以上の知識がある読者が、仏独2国に関わる論点を追及するには、大いに価値がある書である、といえるように思います。
本書からは、このウェブサイトでは、「1 第一次世界大戦の開戦 1c サラエヴォ事件で局地紛争」、「2 第一次世界大戦の経過 2e2 1918年 休戦へ」のページで、内容に触れています。
フォルカー・ベルクハーン (鍋谷郁太郎訳) 『第一次世界大戦 1914-1918』
東海大学出版部(東海大学文学部叢書) 2014
<原著 Volker Berghahn, Der Erste Weltkrieg, 初刊 2003>
本書の「訳者あとがき」に、この書は一般向けに書き下ろされたものであり、政治史・経済史・外交史そして社会史の新しい成果をくまなく取り入れて、さらに史学史にまで言及した、非常にバランスのとれた優れた第一次世界大戦通史である、との評価が記されています。
本書の構成は、下記のようになっています。
第1章 第一次世界大戦とその損失
第一次世界大戦と20世紀/損失計算/第一次世界大戦と歴史学
第2章 第一次世界大戦の勃発
より根源的な原因/決定者の責任/1914年の7月危機における処理の失敗と誤算
第3章 「上から見た」第一次世界大戦:戦術、外交、そしてその目的
将軍たち/中立と同盟政策/経済人エリート、戦争目的、そして内政
第4章 「下から見た」第一次世界大戦:前線と銃後
民衆と戦争勃発/前線における戦争の総力戦化/銃後における戦争の総力戦化
第5章 敗者と「勝者」
ロシアにおける革命/中央ヨーロッパにおける革命/講和締結
筆者は、本書の価値は、JMウィンターやAJPテイラーの著作の価値には及んでいない、という印象を持っていますが、読む価値がある書のひとつであることは間違いない、と感じています。
本ウェブサイト中では、「1 第一次世界大戦の開戦 1e 開戦前の欧州各国軍」、「2 第一次世界大戦の経過 2c4 1916年 カブラの冬」、「同 2d3 1917年の他地域の陸戦」の各ページで、本書からの要約を引用しています。
第一次世界大戦の総合的記述 (日本の著者によるもの)
第一次世界大戦について、軍事のみならず政治や社会まで含めた全体像を総合的に記述しているもののうち、日本の著者によるものを挙げます。
日本で出版されている第一次世界大戦関係の概説書・研究書は少なくないのに、ここで挙げているものが少ない理由は、
① 第一次世界大戦の概説書や通史については、一般に欧米の著書の方が内容が優れている
② 研究書は、とくに最近のものについては、ミクロなテーマに入り込んでいるものが多く一般的な関心の対象とはなりにくい
という二つの理由によっています。
岩波講座 『世界歴史』 第23巻・第24巻・第25巻 岩波書店 1969~70
本書の性格は、岩波書店が出版した、「通史的論文集」と評するのが妥当、という気がします。
全体としては、各時代・各重要主題を相当に網羅しているので、かなりに「通史的」です。その一方、個々の主題への記述には、その執筆者による「論文的」性格が出ています。
その論文的性格のゆえに、記述が詳しい部分とそうでない部分の、通史的な観点から見た時のバランスが、あまり考慮されてはいないように思われるところが、一人の著者による通史とは異なる点です。
その代わり、例えばオーストリア、アラブ地域、アフリカなど、通例の通史ではあまり登場しない地域が詳しく論じられている、などの、論文集ならではのメリットがあります。
『第23巻 近代10 帝国主義時代II』には、下記の論文が含まれています。
● 第一次世界大戦前の国際対立
● 第一次世界大戦前夜の社会主義者たち
● 第一次世界大戦前のヨーロッパ諸国
● 帝国主義時代の思想と文化
● 「第二次産業革命」と科学・技術の発展
『第24巻 現代1 第一次世界大戦』は下記の構成です。
● 第一次世界大戦の発生とその展開
● 第一次世界大戦と諸地域の動向
● ロシア革命
● オーストリア=ハンガリー帝国の崩壊とドイツの敗戦
『第25巻 現代2 第一次世界大戦直後』には、下記の論文が含まれています。
● 第一次世界大戦の終結
本書からは、このウェブサイト中、下記のページで、要約引用を行っています。
星野芳郎 「『第二次産業革命』 と科学・技術の発展」(第 23巻)から
「3 第一次世界大戦の総括 3c 兵器と軍事技術のカイゼン」のページで。
矢田俊隆 「オーストリア=ハンガリー帝国の崩壊」(第24巻)から
「1 第一次世界大戦の開戦 1c サラエヴォ事件で局地紛争」のページで。
斉藤孝 「第一次世界大戦の終結」(第25巻)から
「2 第一次世界大戦の経過 2e2 1918年 休戦へ」、および、
「3 第一次世界大戦の総括 3d 主要各国の得失」のページで。
山上正太郎 『第一次世界大戦 - 忘れられた戦争』
初刊 社会思想社 1985、講談社学術文庫版 2010
本書は、第一次世界大戦期についての「概説的読み物」、と評するのが適切のように思います。
内容上では、「軍事、内政などよりも国際関係が、外交関係が主題」(著書「はしがき」)というのが最大の特徴です。実際、軍事面についてはごく簡単な記述しかありません。
社会主義者の動向にも大きな関心が払われているのは、執筆された時代の反映かもしれません。
「読み物」的であるため、非常に読みやすいというメリットはあります。
本書は、JMウィンターやAJPテイラーの著書に進みやすくするための読み物、といった位置付けかと思います。
木村靖二 『第一次世界大戦』 ちくま新書 2014
本書の目的は、「第一次世界大戦史研究が現在どのような段階に達しているかを示し、それによって大戦像がどのように変わってきたかを確認すること」であるが、「第一次大戦の入門書として活用できるように配慮した」(本書「はじめに」)とされています。
また記述については、これまでは軍事史と歴史研究は切り離され、歴史研究では「もっぱら銃後の世界が扱われることが多かった」中で、「いわゆる軍事史、戦史の領域」にも「比較的多くの注意を向けている」(同)という特色があります。
日本人の著者による第一次世界大戦の入門書としては、価値が高い、と感じています。
また、巻末の「文献案内」は、最新のものまでリストアップされており、主要な文献には著者の短評が付されている点、とくに入門者には役に立つと思います。
ただし、率直に言って、上述の目的を、新書版220ページ程の中に詰め込もうとするのには、ちょっと無理があったのではないか、という感想を持ちました。
例えば、大戦史研究の展開では、具体的に紹介されているのはフィッシャー説だけで、他の説が紹介されているわけではありません。また、第一次世界大戦の推移の記述は、レベルが高い分、舌足らずになっているところもある、という印象を持ちました。
また、本書中の戦死数の表には、間違った数字が混じっているように思われる、という点もちょっと残念なところでした。例えばドイツは、軍人1320万人、戦死数293.7万人、戦死者比率15%とされていますが、軍人数と戦死数が正しいなら戦死者比率は22%、他方、軍人数と戦死者比率が正しいなら戦死数は200万人程度、のはずですので。
本書から初めて、次にAJPテイラー、JMウィンター、リデル・ハートなどの著作に進む、というのが、良いかもしれません。
なお、本書からは、このウェブサイト中、「2 第一次世界大戦の経過 2a4 1914年の海上の戦い」のページで、要約引用を行っています。
次は、第一次世界大戦がなぜ開戦するに至ったか、開戦の経緯を理解する上で参考になった図書・資料についてです。