トップページに書きました通り、第一次世界大戦は、世界への影響が甚大であったのにかかわらず、現代の日本人にはその詳細があまり知られていない、と言えそうなのですが、筆者がなぜそう考えるに至ったかについて、補足説明をいたします。
第1次世界大戦に関する世界の常識
第一次世界大戦の実像を記録映像で示したNHKスペシャル 『映像の世紀』
筆者が上記のように考えるようになった最大の理由は、『NHKスペシャル 映像の世紀 第2集 大量殺戮の完成』の再放送を見たことにあります。(2015年に製作された 『新・映像の世紀』やそれ以後の制作のものではなく、1995年製作の 『映像の世紀』 です。)
この番組の冒頭で、第一次世界大戦は「史上初めてその全貌が映像に記録された戦争」である、との説明があります。その説明通り、この番組は、主に参戦各国の従軍撮影班が撮った大量の記録映像を使用して、制作されています。日露戦争までは静止画の写真どまりで、動画映像による記録はほとんど残されていなかったのが、第一次世界大戦からは動画映像も大量に残されるようになった、というわけです。
番組の中の、戦場の映像からすぐに分かることは、機関銃のすさまじい殺傷力と、重砲の恐ろしい破壊力です。その結果として生じた、おびただしい数の死体も、映像の中に登場します。
この機関銃と重砲の殺傷破壊力への対策として、皮の帽子は鉄兜に代わり、塹壕が掘られ、その塹壕戦への対策として毒ガスや空中からの爆撃、さらには戦車が導入された、という兵器と戦術の急速な進化も説明されます。また、双方の経済封鎖の結果として、深刻な食糧不足が生じ、それがロシアやドイツの革命につながったことも説明されます。これらがすべて、当時の記録映像によって説明されています。
まさしく「大量殺戮」の大戦争であった第一次世界大戦
この番組の最後に、第一次世界大戦での戦死者は900万人、戦傷者は2000万人であった、という人的損害の大きさが語られます。番組を見終わってみると、『大量殺戮の完成』 という番組タイトルの意味がよく理解できます。
第一次世界大戦が、かくもすさまじい大量殺戮の戦争であったことを、実は筆者は、この番組を見るまで知りませんでした。
ところで、この番組の言う戦死者900万人は、将兵の死者数だけの数字です。一方、日本では、第二次世界大戦での日本人の人命損失について、一般に「戦没者数310万人」という言い方がなされ、空襲等で戦争に巻き込まれて死亡した一般人の死者数も加えられています。
そこで、同様に「第一次世界大戦の戦没者総数」と言うなら、約1700万人、ということになり、実に膨大な人命損失であったことが分かります。(この数字の詳細は、本ウェブサイトの、「第一次世界大戦の総括④ 大量殺戮の実態」をご参照ください。)
NHKスペシャルの内容は、国際常識と一致している
NHKスペシャルが、国際的な常識に立って作られていることは、第一次世界大戦に関する欧米の著作の著作と比較することで、容易に確認できます。
以下は、第一次世界大戦に関する、欧米の著名な著作からの引用です。
第一次世界大戦は人類の運命にどのような影響を与えたか?同時代人は夥しい破壊だけを見て、それに圧倒された。戦死者の数は全部で未曾有の多数に上った。フランスとドイツはそれぞれ150万人を失い、それはドイツよりも人口の少ないフランスにとっては一層重大な損失であった。大英帝国は100万人近くを、イギリスだけで75万人を失った。ロシアはおそらくほかの国を全部加えたよりも多くを失ったと思われる。アメリカの損失はわずか88,000人で軽かった。これに数百万の戦争による不具者を加えると、その損失は気が遠くなるほどのものに思われた。
<AJPテイラー 『第一次世界大戦』 終章「1919年」>
第一次世界大戦は、20世紀の歴史を左右する出来事である。その衝撃波は、1918年11月に結ばれた連合国とドイツの休戦条約後も久しく消えず、不安をはらんだ決着は、第二のさらに恐ろしい戦争への道の踏み台となった。本書の中心テーマは、約7000万人の軍服を着た兵士たち―そのうち戦死者は900万人―による、大規模な軍事行動である。
<JMウィンター 『第一次世界大戦』 「はじめに」>
両書とも、戦死傷者の夥しさを、この戦争の大きな特徴として挙げています。NHKスペシャルも、こうした国際常識と一致した理解に立って作られている、と言ってよいように思います。
日本の常識には欠けている、第一次世界大戦での大量殺戮
日本の学校では教えられていない、第一次世界大戦の「大量殺戮」
第一次世界大戦が、かくもすさまじい大量殺戮の戦争であった、という知識を筆者が持っていなかった理由として、日本の学校での教え方、という問題もあるかもしれません。筆者が高校生のときの教科書の内容がどうだったのかを調べていないため、即断はできませんが、少なくとも現代の高校教科書では、「戦死者900万人(戦没者 1700万人)・戦傷者2000万人」という殺戮規模の大きさは、一切触れられていません。
日本の高校の世界史の教科書の代表例である、山川出版社の 『詳説 世界史B』 (2014年版)で、第一次世界大戦について書かれていることの主要なポイントを、以下に要約してみます。
山川の高校教科書が記述している第一次世界大戦
● 列強諸国が、同盟・協商関係に従って参戦、ドイツ・オーストリアなどの同盟国側とフランス・ロシア・イギリス・日本などの協商国(連合国)側にわかれてたたかった。
● ドイツ軍の侵攻は阻止され、以後、西部戦線では両軍とも塹壕にたてこもり、航空機・毒ガス。戦車などの新兵器を投入し、多くの死傷者を出しながら一進一退をくりかえす戦況になった。
● 東部戦線では、ドイツがロシア領内に進撃したが、国土の広さやきびしい冬の寒さのため決着の見通しはたたなかった。
● 戦争は予期しない長期戦・物量戦になり、互いに経済活動を麻痺させようとした。物量戦を支えるため、参戦各国では総力戦体制がつくられた。
● 1918年、ドイツはロシアと単独講和、西部戦線で攻勢に出たが失敗、8月から連合軍の反撃、11月初めドイツ革命、11月11日休戦協定、大戦は終わった。
教科書は、短い記述の中に主要なポイントを盛り込まなければならないという制約があります。実際、山川の教科書は、この第一次世界大戦の記述についても、その制約の中でそれなりに要領の良い記述を行っている、とは思います。
しかし、この教科書には、第一次世界大戦がそれまでの戦争と異なる本質的なポイント、すなわち、機関銃と重砲のすさまじい殺傷力については一言も触れられておらず、人的損害については、「多くの死傷者を出しながら」という言葉があるだけで、具体的な数字は全く挙げられていません。
第一次世界大戦の「大量殺戮」を知ると、理解できること
いくら要領の良い記述であっても、これだけの記述から、「戦死者900万人(戦没者 1700万人)・戦傷者2000万人」という殺戮規模の巨大さを想像できる人は、ほとんどいないでしょう。また、この殺戮規模の大きさが示されないと、その後の世界が国際連盟と不戦条約に向かって進んで行った理由が理解されないとしても不思議はない、と思われます。
さらに言えば、国際連盟と不戦条約の体制下で、日本が満州事変を開始し、国際連盟を脱退したことが、第一次世界大戦後の世界の中でいかに異常であったか、も理解されていないと思われます。
さらに、その大量殺戮は、第一次世界大戦中に兵器の改良発達がすさまじかったことの結果であることを知れば、第一次世界大戦後20年以上も経った太平洋戦争でも、日本陸軍は相変わらずほぼ三八式歩兵銃(日露戦争直後、明治39=1906年の制定)で戦ったことの無謀さが理解できます。
戦死者数の記述がないばかりに、世界の常識とは乖離した理解を生みだしてしまっているように思われるのですが、いかがでしょうか。