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このサイトのテーマと目的
このウェブサイトは、「カイゼン視点から見る日本の戦争」シリーズの2番目です。シリーズの最初のテーマは「日清戦争」でした(→ 「カイゼン視点から見る日清戦争」)。
近代国家・日本が行った最初の対外戦争でありながら、日露戦争ほどには関心を持たれていない日清戦争を、カイゼン視点から見てみた結果として、
● 従来の研究書にはあまり指摘されていないことが少なくない
● 日本の常識では日露戦争の方が重大だが、世界の常識は、日清戦争の影響のほうが日露戦争より重大とみている
ということに気づいたことが、最初のウェブサイト制作の理由でした。
このウェブサイトでのテーマは、「第一次世界大戦」です。
なぜ「第一次世界大戦」か?
2番目のテーマに第1次世界大戦を選んだのは、日清戦争と同様、あまり関心を持たれておらず、また日本の常識と世界の常識が大きく隔たっていると気がついたためです。
第二次世界大戦での日本の戦没者(軍・民間の合計)は310万人と言われていますが、第一次世界大戦は、軍だけで合計900万人、民間を含めれば1700万人もが戦没したと言われる大戦争でした。
あまりにも多くの犠牲者を出した大戦争であり、その後の世界の歴史にも日本の歴史にも大きな影響を与えたのに関わらず、日本では関心があまり持たれていません。
「第一次世界大戦」については、世界の常識と日本の常識が大きく乖離
その関心の低さのゆえか、第一次世界大戦に関する日本の常識も、世界の常識からはかなり隔たっています。以下は、その乖離状況の要点です。
● 第一次世界大戦はきわめて重大な戦争だった、というのが世界の認識。
← 第一次世界大戦は、戦争の戦い方(戦略・戦術・兵器)を大きく変えた。
← その犠牲は余りにも大きく(戦没者合計 1700万人)、当時は「最後の戦争」と呼ばれ、国際紛争処理の考え方を変える契機にもなった(国際連盟創設)。
ところが、第一次世界大戦の重大さも詳細も、現代の日本人にはほとんど知られていない。
その点は、日清戦争の重大さや詳細があまり知られていないのと、同様である。
● 第一次世界大戦後の日本軍は、この大戦の教訓を適切に学ばず、戦争の戦い方の変化への対応を行わなかった。
昭和前期の日本の大失策 (日中戦争~大東亜・太平洋戦争に進んで破滅)は、そのため、と言えるように思われる。
この点も、現代の日本人にはほとんど知られていない。
総合して、世界の常識と日本の常識の乖離が著しい戦争である、と言えるように思われます。
このサイトでは、事実をカイゼン視点から再構成
本ウェブサイトでは、第一次世界大戦がどういう戦争であったのか、その事実をカイゼン視点から整理・検討してみることで、現代の世代が、歴史から何かを学ぶことを課題としています。一次資料を自ら研究したものではありませんので、いわば大学生の卒業論文程度のものに過ぎません。
そんなレベルのものをあえてウェブサイトとして出す理由は、第一次世界大戦について、同じような視点から評価・記述している研究書はほぼ存在していない、と思われるためです。
カイゼンという、通常なら企業活動の中でしか使われない用語をキーワードとして、歴史の事実を整理してみる、という取組ですから、他にはあまり例がないのも当然かもしれません。
カイゼン視点から見た、第一次世界大戦の教訓
カイゼン視点から第一次世界大戦を見てみた結果として、従来の研究書には指摘されていない重要なことがらや、あるいは、研究書に指摘されていても一般的な常識には欠けていることがらが、いろいろある、と気づきました。
以下は、筆者がカイゼン視点から見てみることで気がついた、第一次世界大戦に関する主要な事実と、そこから得られる最も重要な教訓です。
① 第一次世界大戦の本質は、○「工業化された戦争」 △「総力戦」
第一次世界大戦を総括するキーワードとして、日本の研究書では、「総力戦」という言葉が使われていることが非常に多い。確かに、主戦国であったドイツやイギリスなどの先進国に限れば、総力戦というキーワードでも適切であったが、当時の日本のような発展途上国も含んだ世界全体を通したキーワードは、「工業化された戦争」というのがはるかに適切であった。
各国の工業力を挙げて大量生産された重砲・機関銃が大活躍し、兵器弾薬が大量消費され、さらには毒ガス・航空機・戦車まで短期間で新規開発され投入された結果、第一次世界大戦では約1700万人もの戦没者が生じた。「工業化された戦争」であったために「大量殺戮の戦争」となった。
② 勝ったのは、工業化が進展し経済力が高かった国
工業化の進展度の高さは、一般的にはその国の経済力の大きさと一致している。主要交戦国のイギリス・フランス・ドイツは、すでに工業化の進展度が高く、大きな経済力をもっていたので、跳ね上がった兵器弾薬の消費量に対応して、高い能力での生産を行い、4年以上の長期間を戦うことができた。
一方、工業化と経済力のレベルが低かったロシアとオーストリアは、そのような兵器供給が行えず、大戦から脱落した。「工業化された戦争」であったための当然の結果とも言える。
③ 戦争中の戦術・兵器のカイゼンが勝敗に大きな影響
第一次世界大戦では、各国軍間のカイゼン競争が非常に重要になり、それが最終的な勝敗に大きな影響を与えた。
大戦最終年の1918年初めまでは、ドイツ軍がカイゼン競争をほぼ一貫してリードして、軍事的な優位も維持し続けたが、イギリスによる戦車の開発が事態を逆転させた。双方のカイゼンの積重ねの結果、大戦の初期と末期では、戦争の様相が全く変化したが、カイゼンの実行を支えたのも工業力であった。
④ 経済封鎖は、工業化された戦争ではきわめて重要な戦術
大戦の最終的な勝敗には、イギリスによる対ドイツ海上封鎖も、決定的な影響を及ぼした。経済封鎖は、工業化された戦争では、きわめて重要な戦術となった。
経済封鎖に関してもカイゼン競争があり、イギリスの大艦隊の活動をドイツの潜水艦が封じたが、そのドイツ潜水艦をイギリスは護衛船団方式の導入で封じた。
⑤ 経済的に見れば、戦争は全く引き合わない
① 戦争は、敗けたら大損で国が亡びる、勝っても全く引き合わない
② 短期決戦論は成り立たず、戦争は長期戦化し、勝敗は工業力・経済力で決まる
③ 自国は戦争をせず、他国の戦争で儲けるのが、一番利益になる
昭和前期の日本は、第一次世界大戦の教訓を学ばなかったために、大失策を犯した
第二次世界大戦でもこれらの教訓はまるまる生きていたのに、昭和前期の日本は、これら第一次世界大戦の教訓には反することばかりをやってしまったように見えます。
大正期の日本の陸海軍は、第一次世界大戦に多少なりとも参加していただけでなく、欧州を調査し十分な観察を行って、学ぶべき大戦の教訓は何かを適切に認識しうるだけの材料は、集めていたのにかかわらず、です。
「総力戦」だけを強調して、より根本的な「工業化された戦争」は棚上げした日本の陸海軍
列国間の戦争となれば、とにかく経済力、とりわけ工業化の進展度が重要でした。したがって、日本が列国とも戦争ができる軍事力を持つ必要があるのなら、まずは軍備の基盤としての日本の工業化の促進が重要でした。また、兵員数を多く持つよりもむしろ列国並みの新兵器を揃えていることが重要でした。
ところが、日本の陸海軍は、「総力戦」だけを強調して、その根本的な前提条件をなす「工業化された戦争」には、ほぼ口を閉ざしました。結果として、途上国に過ぎない日本でも、工業力が段違いの欧米に対抗できるかのような幻想を国民に与え、軍自身もそれに騙されました。
経済封鎖の防止のための国際協調を軽視した日本の陸海軍
加えて、工業化レベルが低いうちに欧米列国と戦えば、長期戦となって最終的には国力差から敗けることが確実であり、敗ければ国が亡ぶので、工業化レベルが追いつくまでは、欧米列国との対立から経済封鎖を受けることがないよう、国際協調を進めていくのが適切でした。
それにもかかわらず、当時の日本の陸海軍とも、メンツ思考に陥り、日本国内での軍自身の体面や地位の保持を優先して、第一次世界大戦の教訓を前向きなカイゼンには役立てなかった、と言わざるを得ないように思われます。
すなわち当時の日本は、日本の工業化促進を優先せず、新兵器も揃えず、他方では日本の独善的な国益の主張に固執して国際協調には背を向け、結果として、昭和前期の敗戦という大失策を犯すことになってしまいました。
昭和前期の日本の大失策は、第一次世界大戦の教訓を学ばなかったから
第一次世界大戦についての世界の常識と日本の常識の乖離、というポイントから出発して、筆者は、昭和前期の日本の失敗の原因に行き当たった次第です。
体面や地位の保持、すなわちメンツが優先されて、世間・世界の動向には反する決定がなされ実行されてしまう、という現象は、現代の日本でも、とりわけ経済的に合理的な行動が必須のはずの企業にあっても、未だにときどきみられる現象です。1世紀前の第一次世界大戦をカイゼン視点から見直してみることは、現代にあっても、十分に意義があることのように思われます。
2022年になってロシアが始めたウクライナ戦争も、第一次世界大戦の経過を知ると見えてくるものがいろいろあるように思われます。
なお、現代の日本の第一次世界大戦研究者の大多数が、相変わらず「第一次世界大戦は総力戦」とばかり言っていて、「第一次世界大戦からは工業化の進展度と経済力が勝敗を決する戦争になった」と適切に指摘していないことは、第一次世界大戦についての日本の常識が世界の常識から乖離している大きな理由の一つだと思われます。
このサイトの構成
このウェブサイトでは、下記の内容で、事実の確認と、それに対するカイゼン視点からの検討を行っています。
本ウェブサイトでの基本認識と原則について
本サイトの基本的な認識や手法、引用の原則等については、別ページをご覧ください。
● 第一次世界大戦について、とくにこの戦争の特徴を最も表している戦争による死者の多さについて、世界の常識と日本の常識がどれだけ乖離しているかについては、こちらをご覧ください。
● カイゼン視点から歴史を見る、とは、具体的にどのような手法を歴史の見方に適用することなのかについては、こちらをご覧ください。
● このウェブサイトでは研究書・論文等からの引用や要約を多数行っており、地図や写真等も使用しています。そうした引用や要約を行う際の原則、地図や写真については、こちらをご覧ください。。
● 本ウェブサイトの制作者(以下「筆者」)は、どういう経歴から、歴史の見方にカイゼン視点の適用を行うに至ったのか、もしもご興味があればこちらをご覧ください。
● 本ウェブサイト全体の目次は、こちらをご覧ください。
以下は、各章の内容です。
1 第一次世界大戦の開戦
最初に、1914(大正3)年に第一次世界大戦が開戦されてしまった経緯についてです。サラエヴォでのセルビア人によるオーストリア皇太子暗殺事件という、本来であればオーストリア対セルビア間の局地紛争で済まされて当たり前と思われる事件が、なぜ世界大戦に発展してしまったのかを、確認しています。
当時のヨーロッパの国境、各国の同盟関係、サラエヴォ事件から大戦の開戦に至った経緯、主要交戦国各国の軍隊の特質などについて、詳細の確認を行っています。
こちらをご覧ください。
2 第一次世界大戦(欧州大戦)の経過
次に、1914年8月に始まり、1918年11月に休戦となるまで、約4年3ヵ月間の長期にわたった第一次世界大戦の戦闘の経過を、時系列を追って、具体的に確認しています。主要な戦闘については、筆者が作成した地図も加えて、少しでも状況を理解しやすくなるようにしました。この確認作業を行うことによって、第一次世界大戦の教訓は何であったのかがよりよく理解できます。
こちらをご覧ください。
3 第一次世界大戦 (欧州大戦) の総括
第一次世界大戦の経過、およびその結果について、主要交戦国が支出した戦費とその経済的影響、1700万人もの戦没者を生じさせた大量殺戮、大戦中に著しく進行した兵器と軍事技術のカイゼン、結果として主要交戦国が得たもの・失ったもの、などのポイントについて、カイゼン視点から、総括を行っています。第一次世界大戦の教訓と言えるものを整理しました。
こちらをご覧ください。
4 日本が戦った第一次世界大戦
第一次世界大戦には、日本も参戦しています。当時の日本の経済と政治の状況、日本の参戦決定の経緯、日本軍が史上最も優れた戦いを行った青島攻略戦、それに派生して行われた対華21ヵ条要求、日本海軍の南洋諸島と地中海での戦い、日本陸海軍の連合国への協力、大戦末期から1922年まで続いたシベリア出兵、について確認しています。
こちらをご覧ください。
5 日本が学ばなかった第一次大戦の教訓
第一次世界大戦後の日本は、第一次世界大戦の貴重な教訓を十分に学べたはずであったのに、実際には教訓を積極的に生かすことがなく、結果として昭和前期の大失策につながる原因を生じさせてしまったように思われます。第一次世界大戦の教訓としてとくに重要と思われる、軍備よりも工業化、植民地の保有はリスク化、兵員数より最新兵器、艦隊決戦より海上封鎖、孤立せず国際協調、という5つの重大な教訓について、第一次世界大戦後の日本がそれを生かさなかった経緯を確認しています。
こちらをご覧ください。
6 第一次世界大戦に関する参考図書・資料
最後に、このウェブサイトを制作するにあたって、そこから引用・要約を行った研究書、あるいは引用はしていないものの、当時の時代や人物・事物を理解するために何らかの参考にした図書等について、整理しています。もしもまだお読みになっていない本があればぜひ読んでみていただきたい、という観点から、読書案内にもなることを意図して、それぞれの内容も紹介しています。
こちらをご覧ください。
本ウェブサイトの改訂履歴など
本ウェブサイトは、2016年10月に開設しました。その100年前は、第一次世界大戦が開戦して2年2ヵ月、終結するまであと2年1ヵ月、開戦から終結までのほぼ中間点でした。
その後は、新たに読んだ本の内容を反映させたり、あるいはより分かりやすくしたりするよう、追記等を適宜行ってきています。
2024年には、サイトのSSL対応(https化)およびモバイルデバイス対応を行い、見た目を一新するとともに、あわせて内容の一部修正追記を行っています。
今後も、適宜追記・修正を行っていきます。
コメント、ご指摘があれば
本ウェブサイトの内容について、ご感想やコメント、あるいはご指摘などがありましたら、筆者にお知らせいただけますと、ありがたく存じます。
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→ kaizen★kaizenww1.com
カイゼン視点から見る日清戦争
同じくカイゼン視点から、日清戦争をテーマにしたウェブサイトも作っています。東アシアの安定に日露戦争以上の影響を与えた戦争ながら、日本ではあまり関心を持たれていません。この戦争で大勝してしまったことが、日本人に、戦争をすれば国も個人も儲かる、という大きな誤解を与えてしまったようです。
よろしければ、こちらもご覧ください。
地図で知る 織田信秀・信長の尾張統一 インターネット歴史館
もうひとつ、全く分野違いですが、織田信秀・信長父子が、いかにして尾張国の統一を成し遂げたのか、その過程を、可能な限り史実に基づいて理解することを目的としたウェブサイトも作っています。
よろしければ、こちらもご覧ください。