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第一次世界大戦の総合的記述 (欧米の著者によるもの)まずは、第一次世界大戦について、軍事のみならず政治や社会まで含めた全体像を総合的に記述しているもののうち、欧米の著者によるものを挙げます。 やはり、第一次世界大戦は、主要交戦国はヨーロッパの各国であり、主戦場もヨーロッパで、実質はほとんど「欧州大戦」であったため、欧米の著者による著作のほうが、日本の著者によるものよりも内容が優れている、という感が強くあります。
JM ウィンター
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![]() <平凡社刊 訳書 上巻> ![]() <原著 ペーパーバック版> |
訳書は、平凡社の『20世紀の歴史』シリーズ (全17巻+別巻2巻)の中の第13・14巻として出版されています。訳書の構成は、下記となっています。 |
上巻: 政治家と将軍の戦争 下巻: 兵士と市民の戦争 |
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実は、原著は2巻本ではなく1巻本です。訳書は、原著から2巻本に変える際に、@原著の「序章」も分割した、A「戦争が投げかけた影」の部を、本来の位置(「市民たちの戦争」の次)から前倒した、という変更を行っているようです。 原著に対しこうした編集を行った、という注記が訳書のどこにも見当たらない点は、出版社の見識を疑わせるのものであり、まことに残念です。 また、原著の書名を直訳すれば、『第一次世界大戦の経験』となりますが、日本ではシリーズの一部としての体裁から、『経験』という単語が省かれてしまったかと推定します。 著者 Jay Murray Winter は、米国人の第一次世界大戦研究者で、エール大学教授にもなっています。 |
上述の構成が示している通り、本書の記述は、第一次世界大戦の政治・外交面や軍事面のみにとどまっていません。兵士の徴兵や出身階層、兵の不服従、新聞報道の状況、銃後の市民生活への影響、戦後の政治経済などの観点も含めて、まさしく総合的に記述しています。また、写真の掲載も豊富であるほか、関連する統計資料など、定量的なデータも多数掲げられています。1980年代に至るまでの第一次世界大戦研究史の成果が良く反映されているだけでなく、記述のバランスも良い、と言えるように思います。
本書の全6部の内容のうち、「政治家たちの戦争」・「将軍たちの戦争」・「兵士たちの戦争」・「市民たちの戦争」の4部については、その中が、1914年・1915年・1916-17年・1917-18年の4つの時期区分で記述されています。本書のように、政治・軍事・市民生活などの事項区分を優先した上で、各事項の中を時期区分して記述するのが良いか、逆に時期区分を優先した上で、その中を事項区分して記述するのが良いか、どちらが良いかは判断がなかなか難しいところかもしれません。
第一次世界大戦について1冊だけ読みたい、適切な基本知識を得るのに最も優れていると思う本を1冊だけ挙げよ、と言われたら、筆者は迷わず本書を挙げます。第一次世界大戦の全体像を理解するのに、きわめて価値が高い本、と思います。
ただし、総合的な記述を目的としているだけに、例えば戦史についていえば、当然のことながら、やはり戦史のみに限定して記述している本には負けます。本書を出発点として、より専門的で詳細な本や論文に進むのが、正攻法と思います。
これだけ優れた本ながら、『20世紀の歴史』シリーズ中の書として出版されてしまっているため、図書館や書店では第一次世界大戦の棚に必ずしも並んでいない、第一次世界大戦の本としてはあまり目立っていない、という点は、非常に残念な気がしています。
本書からは、このウェブサイト中、「第一次世界大戦が開戦に至った経緯」、「第一次世界大戦の経過」、「第一次世界大戦の総括」の中のきわめて多くのページで、要約引用を行っています。
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訳書には、 「目で見る戦史」という副題がついていますが、政治・外交面への言及も多く、「戦史」であるよりも「総合的記述」の1書であると思います。実際、原題は「History」の語が使われているだけで、「戦史」とされていません。 また、「目で見る」という副題は、掲載されている写真等の多さを示そうとしたものと思います。実際には、その後の出版物、例えば上掲JMウィンターの著書の方が、写真等は豊富です。 著者 Alan John Percivale Taylor は、イギリスの著名な現代史家です。 本書の内容は、1914年、1915年、1916年、1917年、1918年という暦年で構成されており、サラエヴォ事件から講和に至るまで、時系列にしたがって、第一次世界大戦の事態の推移が記述されています。 |
JMウィンターの上掲書と比べると、政治・外交・軍事以外の事項についての記述は非常に少ないものの、逆に、政治・外交・軍事の領域の事項はより詳しい、という特徴があります。また、完全に時系列での記述ですので、事態の推移が理解しやすい、というメリットもあります。
こうしたメリットから、本書も読む価値が十分にある、と言えるように思います。
本書からも、このウェブサイト中、「第一次世界大戦が開戦に至った経緯」、「第一次世界大戦の経過」、「第一次世界大戦の総括」の中のきわめて多くのページで、要約引用を行っています。
訳書の書名に、『共同通史』という言葉があるのは、かなりミスリーディングと思われます。というのは、本書は、第一次世界大戦について既に一定以上の知識を持っている人を対象に、従来は通説あるいは常識の一部となってきたことを論点として取り上げ、独仏共同で考察を行っているものであるからです。通史的な記述はされていません。
本書の構成は、下記のようになっています。
例えば本書の第1部では、普仏戦争以降、仏独の新たな衝突はいずれ起こらざるを得ないであろうという想定や、フランスはドイツに対する復讐を果たしてアルザス・ロレーヌを必ず奪還するという観念が、本当にそうであったのか、という疑問が提示され、その疑問への考察がなされています。
第一次世界大戦についての知識が乏しいのが一般的な日本人は、そもそもこの通説や常識そのものを知らないので、先にその詳しい説明がほしいところと思いますが、本書には通説や常識の詳細説明は書かれていません。
ゆえに本書は、一般読者向けの「通史」ではなく、第一次世界大戦についてすでにある程度以上の知識がある読者向けの「論点考察」である、と理解するのが妥当と思われます。訳書は、例えば、『第一次世界大戦に関する主要論点への仏独共同の考察』というような書名であったなら、はるかにしっくり来ていたように思われます。
こうした性格の書ですので、本書は、JMウィンターやAJPテイラーなどの基本書を読んだ後であれば、非常に面白いのですが、順番が逆ですと、さっぱりわからない、ということになります。
なお、訳者は本書巻末の「訳者解説」で、本書が仏独に焦点をあてた結果、ヨーロッパの他の地域、とりわけ東部戦線への目配りが弱くなっていることを指摘しています。実際、本書ではイギリスでさえ、ほとんど考察の対象外である、という制約があります。
とはいえ本書は、上述の通り、すでに一定以上の知識がある読者が、仏独2国に関わる論点を追及するには、大いに価値がある書である、といえるように思います。
本書からは、このウェブサイトでは、「第一次世界大戦が開戦に至った経緯 − サラエヴォ事件からセルビアへの宣戦布告まで」、「第一次世界大戦の経過 − 1918年A 休戦」のページで、内容に触れています。
本書の「訳者あとがき」に、この書は一般向けに書き下ろされたものであり、政治史・経済史・外交史そして社会史の新しい成果をくまなく取り入れて、さらに史学史にまで言及した、非常にバランスのとれた優れた第一次世界大戦通史である、との評価が記されています。
本書の構成は、下記のようになっています。
筆者は、本書の価値は、JMウィンターやAJPテイラーの著作の価値には及んでいない、という印象を持っていますが、読む価値がある書のひとつであることは間違いない、と感じています。
本ウェブサイト中では、「第一次大戦が開戦に至った経緯 − 開戦前の各国軍隊の特質」、「第一次世界大戦の経過 − 1916年C 講和への動きとカブラの冬」、「同 − 1917年B 東部戦線・イタリア・中東」の各ページで、本書からの要約を引用しています。
次は、第一次世界大戦全体像を総合的に記述しているもののうち、日本人の著者によるものについてです。